「地球の歩き方の旅」オリジナル海外ボランティア・国内ボランティアツアー
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2017.07.03

東日本大震災とネパール大地震、復興支援の今【後編】

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東日本大震災が発生して6年、ネパール大地震が発生して2年が経ちました。地球の歩き方の旅はこれまで震災ボランティアツアーを実施する形で、宮城県金華山では2012年から、ネパールパトレ村では2016年から、復興支援に従事してきました。これらの支援を通じて地球の歩き方の旅が見てきた被災地の現状を見つめます。
icon_arrow_gray東日本大震災とネパール大地震、復興支援の今【前編】

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震災が発生してすぐのパトレ村。倒壊した学校の教室を解体している様子

ネパール大地震から2年。遅れる復興

過去80年間で最悪の天災

2015年4月25日、首都カトマンズ北西約77km付近ゴルカ郡でマグニチュード7.8の地震が発生。5月12日にはシンドパルチョークでマグニチュード7.3の余震が発生。死者は9,000人以上に上り、住宅など90万棟の建物が崩壊しました。

震災発生後のカトマンズの様子。男女問わず瓦礫の撤去作業を進めていました。

震災発生後のカトマンズの様子。男女問わず瓦礫の撤去作業を進めていました。

ネパールの建物の大半は「組み石造り」というレンガ造りのもの。建物が倒壊すると個々のレンガがバラバラに崩れるため、生存できるスペースを生まず、震度4~5弱でも大きな被害を生む危険性をはらんでいました。このような耐震性を考慮しない建物の作りが被害を拡大した要因とされています。

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軍と一般の人たちが協力して瓦礫の撤去作業に取り掛かっていました。瓦礫を一つ一つ手でどかし、再利用可能な木材や石瓦を分別する地道で、人手のいる作業です。

進まぬ復興。背景には政治の混乱が

首都を含めた世界遺産「カトマンズの盆地」もこの震災で甚大な被害を受けました。震災から2年が経った今、観光客の足が戻るほど復旧は進みましたが、観光地や都心部以外の地域の再建は大きく進んでいないと言われています。

ヒマラヤ最古の寺院と言われるスワヤンブナート。残された中央のストゥーパ。

ヒマラヤ最古の寺院と言われるスワヤンブナート。残された中央のストゥーパ。

2017年4月25日 毎日新聞の記事では次のように書かれています。

政府は被災した約62万世帯に対し、3回に分けて1世帯当たり支援金計30万ルピー(約32万円)を給付する計画だ。だが、復興庁によると、21日時点で第1次給付(5万ルピー)が終わったのは約54万世帯(87%)。2回目以降の支援金は再建中の住宅が耐震検査で合格すれば配られる仕組みだが、第2次給付(15万ルピー)が終わったのはたった4500世帯程度にとどまる。耐震基準の周知が遅れており、地震前と同様、揺れに弱い石積みの家を作ってしまう人も多いという。

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未舗装の道路が多いネパール

復興の遅れから、依然として二次災害も発生しています。2017年3月には大型バスが谷底に転落し、20人以上が亡くなりました。原因は地震で地盤が緩み、もともと舗装されていない道が落石や転落事故を誘発させているからです。

なぜこれほどまでに復興が遅れているのか。背景には政治の混乱があります。ネパールは9年前に王政から共和制に移行したばかり。政党間の争いで新しい憲法の制定ができていないまま大災害が発生。復興の対応が遅れている中、首相は2年間で2回代わり、今年1月には復興庁長官も交代。ネパール政府が行政として十分に機能を発揮できていないこと、復興のためのノウハウをほとんどもっていないことが、対応の遅れに繋がっています。

テント村が広がるカトマンズ盆地。一見無事に見えるビルも大きな亀裂が入り、使用できない状態に。

テント村が広がる震災発生直後のカトマンズ盆地。一見無事に見えるビルも大きな亀裂が入り、使用できない状態に。

「子どもたちは村の宝」学校の再建を最優先にしてきたパトレ村

主にグルン族が暮らす人口500人ほどの小さな山村、パトレ村。幸い死者は出なかったもののすべての家屋、村唯一の学校までもが倒壊。震災直後は水も電気も止まり、簡易的な住居で雨風を凌ぐ生活が続きました。村人たちは自力でトタンやテントの仮説住宅を作ってから、子どもたちのための学校を最優先に村の再建を進めてきました。

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震災後のパトレ村。

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支援物資のバトミントンで早速遊ぶ子どもたち

地球の歩き方の旅とパトレ村

地球の歩き方の旅の復興支援ボランティアが活動をはじめられたのは村への安全な経路が確保でき、現地の受入体制が整ってから。震災から約1年後のことです。その頃には村に立派な小学校と修復された道路、そしてサッカーグラウンドができていました。

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2016年9月時点の村の様子。再建された家屋と、トタン屋根でできた仮設住宅が入り混じっていました。

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再建した村で唯一の学校。

サッカーグラウンドは子どもたちの要望を受け、道路修繕のために村で借りたショベルカーを使って作られたもの。再建に奔走する大人の陰で、行き場を失ってしまった子どもたちが少しでも笑顔になれるよう、村の大人たちから子どもたちへのプレゼントです。

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サッカーグラウンド建設の様子

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サッカーグラウンドで身体を動かす子どもたち

地球の歩き方の旅で行った支援活動は、主にグラウンドの整備作業。子どもたちにとって大切な場所であるサッカーグラウンドの、危険な岩や大きな石などを一つ一つどかしていく、地道で人手のいる作業が中心でした。
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震災から2年。村人の懸命な復旧作業と、地球の歩き方の旅の参加者をはじめ、多くのボランティアの方たちのおかげで、パトレ村は少しずつ、確実に復興への歩みを進めています。瓦礫の撤去作業も進み、村では次なる課題である「仮設住居からの脱却」に向けて家屋の再建に取り掛かっています。

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ボランティア参加者を歓迎する村人たち

パトレ村の方々にとって、日本から来るボランティアは人的・経済的な支援だけでなく、心の支えにもなっています。前述の通り、政治の混乱から政府の支援が被災者に行き届いていない現状があります。先行きの見えない不安を抱える中で、継続して日本からボランティアの方々が来ることは大変心強いことです。特に子どもたちを大切にするパトレ村だからこそ、日本のお兄さんお姉さんと交流し、少しでも子どもたちに笑顔が戻ることが、長い復興活動を続ける活力になります。

村の子どもたち

村の子どもたち

震災の日が遠のき、メディアでの報道が少なくなっている今だからこそ、地球の歩き方の旅はこれからも風カルチャークラブ、地域の支援団体と協力しながら、ネパールへの支援を続けるべきだと考えます。

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村人たちから感謝状を受け取る参加者

FOOTRAVELネパール サッカー交流と山村ホームステイ6日間
-復興支援を知り伝統のインドラ祭に浸る-

footravel_tenjo003_20パトレ村で2泊3日のホームステイ。地震後に完成したグラウンドでサッカー交流と、村人と復興支援活動を行います。基本的なルールがある程度分かっている方であればサッカー未経験者でも参加大歓迎!一緒に村の復興を応援しましょう。
icon_arrow_grayFOOTRAVELネパール サッカー交流と山村ホームステイ6日間
-復興支援を知り伝統のインドラ祭に浸る-

icon_arrow_gray2016年9月12日(月)~9月17日(土)に実施した活動の様子はこちら!

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